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  • 2015.01.02 Friday
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『GスピリッツVOL.21』9/28発売。特集はあの”墓堀人”

 プロレスライターの那嵯涼介さんが寄稿されている雑誌、『GスピリッツVOL.21』
が2011年9月28日に発売、との告知がありました。
プロレス雑誌を定期的に買わなくなって久しいわたしが唯一購読を続けている雑誌
(とは言っても三カ月に一度ですが)。
楽しみです。

さらに那嵯さんが今回寄稿したのは・・・

===那嵯さんからのコメント==============

巻頭ページは、およそ30年の空白期間を経て、ついに我々の前に姿を現せた“地獄の墓堀人”ローラン・ボックの本誌独占インタビューです!!
30年にも及ぶ空白期間の謎、今こそ告白する“シュツットガルトの惨劇”の背景、アントニオ猪木の述懐、彼のプロレス観等々、2万字にも及ぶボックのロングインタビューとなりました。
インタビュアーは、不肖私が務めさせて頂きました。
ご期待下さい。

================================

あの伝説の男のインタビューとの事。
消息不明とされていたはずですが、無事だったのですね。

しかしわたしはボックの試合を、実は見た事がありません。
新日本プロレスでIWGPがまだ”本当の世界一を決める”と喧伝されていた頃
は「ヨーロッパ代表はボックであるべきだ」とされていた男。UWF(第一次
〜第二次初期)でシュートスタイルに対応できる外国人レスラーがいない
と言われるたびに「ボックを呼ぶべきだ」とされた強豪。
”打・投・極”というコピーがついたUWFですが、”投”の部分はゲーリー・オブライト
が現れるまであまり重視されていませんでした。ボックがUWFに現れていたら、
時計の針の進みが速くなったのかもな・・・。

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  • 2015.01.02 Friday
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  • 21:26
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コメント
ボック・インタビューの告知を有難うございました。
実は、Gスピリッツ今号に私が執筆した記事がもう1本あります。
こちらも宣伝させて下さい。

『木村政彦のプロレス洋行記』と題する記事を執筆致しました。
これはプロレスラーだった時代の木村政彦が、海外でどんなレスラーと対峙し、どんな戦いを行ったのかを、国内外の資料を基に徹底的に検証したものです。
来る9月30日に新潮社より発売となる増田俊也氏・著『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』を「木村政彦正伝」とするなら、拙稿はまさしく「木村政彦外伝」と言うべきものです。
そしてそこには、増田氏とはやや立ち位置が異なる、私なりの「木村政彦史観」を詰め込んだつもりです。
増田氏の新刊と併せてお読み頂ければ幸甚です。
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