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何故かタイガー



わたしはメインディッシュは後から食べるタイプだから、今回の目玉
企画である「ローラン・ボックインタビュー」はまだ読んでいない訳だが、
では何から読んだのかと言うと「キム・ドクインタビュー」。
自分でもよくわからない選択だ(笑)。

断っておくと、わたしはレスラーとしてのドク(タイガー戸口)を
ほとんど知らない。
プロレスを本格的に見始めた年の暮れにおこなわれた新日本プロレス
のMSGタッグリーグ戦にキラーカーンと組んで出場した時には、
前年度準優勝チームとして出場したので注目もしたが、その時は
まったく振るわず。後にインディーマットや新日本に参戦した時期
もあったものの、わたしはインディー嫌いだったし、豊富な戦力の
新日本ではまるで目立たなかった(このあたりは戸口本人もかなり
不満な時期だったようだ)。そのため前述のMSGタッグリーグ戦が、
ほぼ唯一の記憶と言って良い。

そんな戸口のインタビューで意外だったのが、前田日明との対戦経験
があった事。上に書いたMSGタッグの頃は前田も新日本の若大将と
してやっていたし(書きながら思い出したが、実際この時も藤波
と組んで出場しているから公式戦でも戸口組とはあたっているはずだ)、
当たり前と言えば当たり前だ。
驚いたのがニューヨークで(ほんのしばらくだが)前田の面倒を見ていた、
という件(くだり)。そして戸口自身は前田の体のデカさを思い出しながら、
(勿体ないよな・・・)と述懐していた。
戸口の名前は前田の口からほとんど出た事はないが、UWFやゴッチ、新日本
のソッチ系の選手たち以外のこうした選手たちの印象も、もう何十年も経った
今だからこそ前田の口から聞いてみたいものだ。

ただし戸口の口から何度も出たのは、もちろんジャンボ・鶴田の名。
馬場の名も出たが、戸口にとっては選手というよりプロモーターといった
感じで、実際にリング上で対峙した選手としては鶴田の名前が
突出した。

繰り返しになるがわたしはキム・ドク(タイガー戸口)の試合をほとんど見た
事がないし、ましてや全日本プロレスで大暴れしていた姿や第三の男などと
呼ばれていた時代などまるで知らない。
けれども「俺も鶴田と一緒に三沢たちの前に立ち塞がれた」「今も長州と
藤波がやっているけど、鶴田が生きていたら俺達がそれ以上の戦いを見せる
のに」などと聞くと、その時代の雄姿が見たかった、などと今更ながら
悔やまれる。





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