<< 書を捨てず・・・瞑想しよう | main | 時の無情 >>

スポンサーサイト

  • 2015.01.02 Friday
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

一定期間更新がないため広告を表示しています


底なし沼の墓掘り人

『GスピリッツVOL.21』掲載、那嵯涼介さんによる「ローラン・ボック・ロングインタビュー」をようやく読んだ。

以前も書いたようにプロレスファンになる直前に活躍した選手という事もあって、
わたしはローラン・ボックの試合を実は一度も見た事がないのだが、猪木と闘った
「シュトゥットガルトの惨劇」を含め、ボック自身の代表的な試合はわずかしかない。
そして仮に来日時に猪木や長州と闘った試合の映像を見ても、既にコンディション
が悪かったという事もあり強烈な印象は持てなかったのではないか、と思う。
(注:インタビューでも語っているが、ボックが体調を崩していたのはプロモーター、
そして選手としての名誉の負傷ともいうべきもののためであり、ドラッグや放蕩生活
と喧伝されたのは当時のプロレスメディアのねつ造だったと、今更ながらわかる)

インタビュー中で他の選手の事も少し語っているが、意外だったのはホースト・
ホフマンについて。ボックは当時のドイツでの他のエース選手たちと十把一絡げ
に”ショーマン”とし、「アマレスで無名だった彼を、プロモーターがうまく売り出した」
と身もふたもない評価をしている。ただし一部で非常にレベルの高い選手だった
という事も言われるホフマン。実はわたしの中で最近大いに気になっている選手
だったりもするだけに、余計謎が深まる評価だった。

====================================

さて本題のボックだが、プロレスに関する考えがよくわからない。
誤解なきよう願いたいのだが、それは(当時のプロレスメディアがねつ造したような)
ラディカルな思考でもプロレスを見下した態度でも無い。実業家として成功している
だけあり実に理知的だし、プロレスはアマレスとは別種の競技であると認識して
真摯にかつ誇りを持って取り組んでいた事も、インタビュー中からは十分伝わってくる。

よくわからないというのはつまり、”プロレスの仕組みがわかっているはずなのに、
自らの試合では実力勝負の勝ちにこだわった”という事だ。
このあたりの思考形成で考えれられるのは、ボック自身の活躍の場がほぼ西ドイツ
国内とわずかな日本遠征であり、おそらく生涯の試合数も極端に少ないせいだと思う。
このあたりのプロレスの実戦経験の無さは”強さがゆえ試合を干され続けた”とされる
カール・ゴッチにさえも遠く及ばないはずだし、ヨーロッパを離れアメリカや日本、
オーストラリアでも試合をおこなったゴッチと経験の幅にしても遥かに少ないはずだ。
前述したホフマンたち他のレスラー、そして那嵯涼介さんによるシューターの定義
などの問いについても、ボックは自分の経験に加え知人たちから聞いた話などをもとに
答えている。
他の往年のレスラーたちが自分の経験だけで語るのと比べると、これは大きな相違だ。
つまりはボックは(ネガティブな意味でなく)経験だけで語れるほどのプロレス
キャリアを持たなかったと言えよう。このあたりは新日本プロレスとヨーロッパ
でわずかな期間、そして第二次UWFでちょっと異質なプロレスを体験しただけの
復帰前までの船木のキャリアとダブる(欧州遠征がある分、船木の方が多いとも言える)。

またボックは37歳で引退したそうだが、「それぐらいの歳でリングを降りるべきだ」
と語っている。これはかつて「35歳ぐらいまでに引退を」としていた前田日明と
アスリートの姿勢として重なる。また猪木、ルスカ(本来はヘーシンクだったらしいが)、ボクシングのカール・ミルデンバーガーらを集めて大会を行った事からも、プロモーター
としての取り組み方もRINGS(リングス)での前田に近い。

再び選手としての思考に立ちかえると、ボックはプロレスラーというよりもRINGSに
上がった外国人選手たち、特にオランダ人選手のような考えでプロレスを闘っていたの
ではないか。世が世ならドールマンのように前田に呼応してリングス・ドイツなどを
主宰していたような気もするが、微妙な考えのズレでやっぱり交わらなかったような
気もする。
いずれにしてもプロレスとは選手の数だけ捉え方に違いがあり、国際的な一定の
ルールなどがある競技とは違う。また脚本通りに進め観客を魅了すれば評価される
純粋なショーとも違う。底が見えるようで見えない摩訶不思議な底なし沼である事を、
突然舞い戻って来た墓掘り人、ローラン・ボックのインタビューから再認識させられた
次第だ。

スポンサーサイト

  • 2015.01.02 Friday
  • -
  • 21:23
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

コメント
那嵯様、コメントありがとうございます。

読んだ後にもいろいろ考えますが、わたしはUWF世代なのでやはり前田たちとの邂逅を見たかった気がします。
あるいはロビンソたちと国際で交わっていれば・・・と(Gスピリッツは国際の記事が多いので、余計そんな気ががするのです)。

那嵯様のブログのコメント欄に書かれてあったように、掲載されていない話もあるようですね。猪木と坂口、新日本プロレスそのものにもボックは強い印象を持っているのですね。

このインタビューを読んでジョニー・ロンドスの名前なども検索したのですが、ネットには驚くほど情報が少ないようです。(ボックは低評価のようですが)ホフマンしかり、フレッド・アトキンスしかり。那嵯様の興味の対象と重なるかはわかりませんが、今後もこうした伝説たちの発掘を続けていただけると有難いです。

ラジオはほとんど聞かないのですが、埃まみれのものがありますので(笑)、来週火曜日に備えておきます。
  • naware
  • 2011/10/18 11:33 PM
ご購読、ご感想、有難うございました。

ボックの中には間違いなく「自ら理想とするプロレスの形」が存在しており、欧州でそれを体現する試合ができたのは、恐らくジョージ・ゴーディエンコとの一戦、そしてアントニオ猪木との対戦だけだったのかもしれません。
そして彼が感銘を覚えたと言ったのが、1978年のMSGシリーズ開幕戦に行われた猪木と坂口の試合であり、引退する前年に初めて上がった新日本のリングでした。
当時の新日本のリングには、あのボックでさえ魅了してしまう「何か」が存在していたのでしょうね。

宣伝になりますが、来週の火曜日深夜ラジオに出演する予定です。
ラジオ日本の「真夜中のハーリー&レイス」という番組です。
もしかしたらですが、ローラン・ボックが電話で生出演するかもしれません。
お楽しみに。
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック
calendar
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< September 2017 >>
recommend
recommend
recommend
recommend
recommend
recommend
recommend
recommend
recommend
adspace
sponsored links
selected entries
categories
recent comment
recent trackback
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM