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  • 2015.01.02 Friday
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ダイナマイト・キッドの思い出 2

 さてここで補足と訂正。すっかり記憶から抜け落ちていたのだが、
新日本プロレスはダイナマイト・キッドとディビーボーイ・スミスの
二人を暮れのMSGタッグリーグ戦に呼んでいた。それを全日本プロレス
がかっさらった訳だ。なのでキッドたちは新日本プロレスでもヘビー級
のレスラーとあたるチャンスはあった。けれどもハンセン&ブロディ
の超パワー、鶴田&天龍の大型日本人、馬場との異次元の対決、ニック
&レイスの伝統的王者との邂逅と比べると、新日本でヘビー級戦線に
入る事よりもやはり興奮度合いは上だろう。

けれどもこのキッド&スミスの全日本プロレス参戦後の最大の衝撃という
試合の数々は、一度も見る事はできなかった。団体間の契約問題は棚上げ
になったものの、テレビはダメだったのだ。プロレス業界とテレビがまだ
深い関係で、どれだけ強い影響力を持っていたかが伺い知れる。

残念ながらキッドとスミスはこの後、アメリカでの主戦場をWWFに
移す。それにより日本とも疎遠になり、全日本に戻って来た時には
全盛期の残り火を燃やすような姿になっていた。
そして'91年の最強タッグで突然の引退試合をおこなう。後に復帰
したが、その記憶は私には無い(見ないようにしていた、というの
が正しいのだが)。
私はあのキッドの引退の姿が好きだ。私もあんな風に去りたいと、
強く願っている。

そんなキッドが『Gスピリッツ Vol.28』誌上で(公の場に姿を
現すのは最後だろう)という言葉とともにインタビューを受けて
いる。かつてローラン・ボックの衝撃的なインタビューに成功した
Gスピリッツだが、キッドのインタビューにあのボリューム、充実感
を求めてはいけない。わずかな時間しか日本と関わりのなかったボックと
あれほど日本でのファイトを繰り広げたキッドのインタビュー量が
まるで逆、というのは皮肉なものだが、事情が違うので仕方が無い。
またキッドと関わりがあった場面ごとのキーマンがインタビューに
こたえ、さまざまにキッドへの思い、メッセージを送っているがどれも
キッドの今と重ねあわせると、社交辞令的に聞こえてしまう(あくまでも、
そのギャップから来る印象だ)。
わずか20分、内容的にも特筆すべきものはなかったキッドのインタビュー
だが、すべて読み終わってみて一番印象に残るのはこの(本来であればボツ)
とインタビュアー自身が語る、巻頭インタビューだ。
キッドのラストインタビュー。それはあの引退試合のように、特別に飾る事
もないのに、強烈な印象を与えてくれた。

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